解説:キットコヴスキー・アンディ、塚越冬弥、はやかわ
進行、執筆:鮎方髙明

前書き

これはTRPGフェスティバル2019でユーザー企画として行われた「海外ストーリーゲームの変遷」で発表した内容の記録であり、そしてそこで言い足りなかったことを追記したものになります。アメリカやインターネット上でのストーリーゲーム、インディーズゲームを一線で見てきたアンディや、未訳のゲームに詳しい塚越、はやかわから色々と聞かせてもらい書き起こしましたが、本文中の過ちはひとえに鮎方の責任です。

あとデザイナーの名前など、すべて敬称略で進めさせていただきます。

前編(~2003年)

プレイヤーはダイス目1つのクリティカルやファンブルから様々なストーリーを浮かべることができますし、そういう意味ではどんなゲームからでもストーリーは生まれ得ます。だとすると「ストーリーゲーム」とは何なんだ、という話になりますが、ここではこれを「ストーリーを生み出すことに専念特化したシステム」といった意味合いで使っていきます。

実のところ、「ストーリーを生み出すことに専念したルール」というのは古くからあります。1985年の『Pendragon』(*1)では26個(2個13組)に分割された感情値がありましたし、1988年の『Cyberpunk 2013』(*2)のライフパスでは技能への修正だけでなく恋愛や事件なども生成されました。また1991年の『Vampire: The Masquerade』(*3)の人間性などもそう言えるでしょう。

実際にはもっと数多くのそうしたシステムがあったのだと思います。ただすでにパソコン通信(USENETなど)があったとは言え、発信力や訴求力の弱さや倒産などで、多くの目にあまり触れずに消えていったのではないでしょうか。そしてそうした情勢は、インターネットの普及によって大きく変わることとなりました。今から見れば非常につたないものでしたが、自分から情報を発信できるようになり、多くの情報に簡易にアクセスできるようになり、情報発信や情報収集などなど様々なウェブページが沢山つくられました。

Forge

そして1999年12月、アメリカで「The Internet Home of Indie Roleplaying Game」と銘打った情報サイト「Hephaestus's Forge」がEd Healy(*4)とRon Edwardsの手によって生まれました。2001年にClinton R, NixonやVincent Bakerをモデレーターとして迎え、名前を「Forge」に変えた同サイトは、多くのデザイナーが集い、自分たちが体感的に感じていたことの確認や明文化が行われ、そうして互いに影響を及ぼし合うことになります。

『Role-Playing Game Studies』(*5)では、2000-2006年頃のRPGの理論化に影響を及ぼした大きな動きとして、こうした「Forge」を代表とするフォーラムの存在の他に、ノルディックLARPの勃興、それからMORPGにおけるTheorycraftの発達をあげています。

Ron Edwards『Sorcerer』(Adept Press, 2001)

その設立者の1人であったRon Edwardsが1996年に自費出版で公開していた作品が『Sorcerer』(*6)です。この作品は、彼が2001年に設立したAdept PressからPDF版が販売されました。その後、2002年にハードカバー版を出版し、同年のDiana Jones Awardを獲得しています。特定の背景世界は設定されていないこのRPGでは、PCは妖術師となり悪魔を呼び出し、その悪魔との良きにつけ悪きにつけ関係を結ぶことになります。『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンドが演出できるシステムと言いましたが、当時ルールブックだけではシステムの運用が把握しづらい人が多く、「Forge」がその質問掲示板として機能することになり(*7)、それが同サイトにさらに人を集めることになりました。

Paul Czege『My Life with Master』(Half Meme Press, 2003)

2003年にはPaul Czegeによる『My Life with Master』が出版され、翌年Diana Jones Awardを受賞します。邪悪なご主人様に仕える下僕となるRPGで、その一点に絞り込んだ、世界の広がりはなく最後にはそのご主人様に逆らい殺すか殺されるかという結末しかない、単発セッション用のワン・イシューなゲームです。またシーン制を組み込んだこのゲームですが、面白いことにゲームの終了条件がシステムとして設定されており、この条件を満たすことで初めてクライマックス・シーンへと移行します(逆を言えば、この条件を満たすまでは、延々とゲームを続けることになります)。

こうしたシーン制やゲームの終了条件、キャラクターの自由度などから、(2005年末あたりに)RPGNetで「こんなのはロールプレイング・ゲームじゃない!」という批判が起きました。これを受けて、Clinton R, Nixonはブログで「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな。だったら『ストーリー・ゲーム』ということにしとこうか【Okay, whatever. They're "Story Games", I guess.(*9)】」とまとめました。話題そのものは終息しましたが、この「ストーリー・ゲーム」という単語だけは残り続けたのです。

Story Games Community

コミュニティにこの名前がついているのが、2006年発足の「Story Games Community」です。今回の解説の1人であるアンディが創設者ではありますが、こちらは今年2019年にサービスを終了し、ウェブサイトも2020年8月には閉鎖されることが発表されています。ですが、どちらかと言うとゲームを作るためのディスカッションが活発であったForgeに対して、Story Games Communityはゲームを遊ぶためのディスカッションよりでしたが、この両者がストーリー・ゲーム、インディーズゲームを牽引する両輪となったのでした。

次はそうした2004年前後からの流れを追っていきます。

ここで触れなかったゲーム

  • ロビン・ロウズ『ヒーローウォーズ』(Issaries社, 2000/アトリエ・サード, 2001)
  • Luke Crane『The Burning Wheel』(2002)
  • Ralph Mazza, Mike Holmes『Universalis』(Ramshead Publishing, 2002)
  • Fred Hicks, Rob Donoghue『Fate Core』(Evil Hat Productions, 2003)

注釈