1948/2/9 | ●コネチカット州ハートフォードのセント・メアリーズ病院にて誕生。 |
1962 |
●コネチカット州ウェザーフィールドからイリノイ州シカゴ近郊に転居。 |
1966/6 | ●アーリントン高校卒業。 |
1966/夏 | ●ヒッピー生活を送りながら、ヒッチハイクでロサンゼルスまで旅する。 |
1966/9 | ●ウィスコンシン州ベロイト・カレッジ入学。 |
1966/11ごろ | ●グローランサ世界についての創造を始める。 |
1970年代初頭 | ●ファンジン『Wyrd』の発行を、ブライアン・クリス、スティーヴ・スェンズトン、ウィリアム・チャーチとともに引き継ぐ。 |
197? | ●グローランサ世界を舞台としたシミュレーション・ゲーム『White Bear and Red Moon』を3社に持ち込みいずれも良い感触をえるも、1社目、2社目(Battle Flag社)は倒産。3社目として、地元のゲームショップのオーナーであるゲイリー・グラディが引き受ける予定であったが、同氏の離婚のためゲーム出版事業を立ち上げることができず立ち消えとなる(追記:その後、ゲイリー・グラディ氏はSleuth Publicationsを立ち上げ、『シャーロックホームズ10の怪事件』(二見書房)シリーズで成功する)。 |
1974 | ●『White Bear and Red Moon』出版のための業務を開始する ●当時、4部屋のアパートメントにスタッフォード夫婦と2人の子供が住み、そして家が見つかるまで数日という約束で4人家族が数か月同居しており、その有様は混沌【Chaos】であった。そして自宅そばにあったオークランド・コロシアム【Oakland Coliseum】。その2つを組み合わたケイオシアム【CHAOSium】に由来して、事業を「Stafford's Chaosium」を名付ける。 |
1975 |
●結婚し、カリフォルニア州オークランド東14番通りに転居。 |
1975/10/25 | ●『White Bear and Red Moon』を発表後、The Chaosiumを商号登録する。 |
1977 | ●同じくグローランサ世界を舞台としたシミュレーション・ゲーム『Nomad Gods』を発表。 ●「エルリック・サーガ」を舞台とした『Erlic』を発表。 |
1978 | ●『King Arthur's Knight』を発表。 ●グローランサ世界を舞台として、スティーヴ・ペリン『RuneQuest』を発表。 |
1979 | ●『RuneQuest』の2版を発表。 ●タダシ・エハラ氏とともに『Different Worlds』誌を創刊。 |
1980 | ●リン・ウィリスとともに『RuneQuest』を単純化した『Basic Role-Playing』を発表。 |
1982 | ●『Erlic』のアップデート版として『Elric: Battle at the End of Time』を発表。 |
(1982~83 | ●この間、『RuneQuest』の成功を収めたケイオシアム社はRPGに比べて、製造工程や経費が多くかかりながらも、売れ行きが低いボードゲームの生産停止を決定。アバロン・ヒル社は『White Bear and Red Moon』と『Elric』を買い取ることに同意。) |
1983 | ●『White Bear and Red Moon』が『Dragon Pass』と改題されアバロン・ヒル社から発売。 |
1984 | ●『Elric: Battle at the End of Time』が『Elric』と改題されアバロン・ヒル社から発売。 ●「大失敗」をなす(アバロン・ヒル社から、『RuneQuest』の買い取りを持ちかけられる。それには同意せず、製造とマーケティングは同社担当、執筆・編集はケイオシアム担当として同社とのライセンス契約に同意する。グローランサに関してはライセンス契約を行われず、結果、3版はファンタジー・ヨーロッパをコアとすることになる。しかし後に、クレジットや製造方針、マーケティング契約の問題などでアバロン・ヒル社との関係は悪化していく)。 ●持ちうる限りのハウルルールを搭載し、『RuneQuest 3rd』をアバロン・ヒル社より発表。 |
1985 | ●『King Arthur Pendragon』を発表。 |
1986 | ●サンディ・ピーターセン、リン・ウィリスとともに『Ghostbusters』(ウェスト・エンド・ゲームズ)を製作。 |
(1986 | ●『エルリック』(ホビー・ジャパン)発売。) |
1987 | ●オリジン賞名誉殿堂入り。 |
(1988 | ●『ドラゴン・パス』(ホビー・ジャパン)、『ルーンクエスト』(ホビー・ジャパン)、発売。) |
1989 | ●『Prince Valiant, The Storytelling Game』を発表。 |
(1989 | ●『Ghostbusters International』(ウェスト・エンド・ゲームズ)発売。) |
1992 | ●『King of Sartar』を発表。 |
1998 | ●イサリーズ設立。 ●ケイオシアム社を退職。グローランサに関する権利は、イサリーズに引き渡される。 |
1999 | ●氏およびグローランサ世界支援のため、グローランサ交易協会が設立される。 ●イサリーズをイサリーズ社として法人化。 ●製作協力したコンピューター・ゲーム『King of Dragon Pass』(A#)が発売。 |
2000 | ●ロビン・ロウにゲームデザインを依頼した『Hero Wars and Glorantha』をイサリーズ社より発表。 |
(2001/11 | ●『ヒーローウォーズ~英雄戦争~』(アトリエ・サード)発売。) |
2001/11 | ●来日。 |
2001/11/24~25 | ●サプリコン(古流かたばみ会館/鳳明館森川別館)にゲスト参加。 |
2002 | ●Albany Aquarium社にマネージャー職として勤務開始。 |
2003/1 | ●比較宗教学士として単位満了し、ニュー・カレッジ・オブ・カリフォルニアを卒業。 ●Albany Aquarium社を退職。 |
2003/2 | ●英語教授法資格CELTAを取得。 |
2003 | ●イサリーズ社、「HeroQuest」と「RuneQuest」の商標をハスブロ社から獲得。 ●『Hero Wars and Glorantha』の2版として『HeroQuest』を発表。 |
2004 | ●メキシコに転居。ベルリッツの英語講師をしつつ、メキシコのシャーマニズムを学ぶ。 ●イサリーズ社活動を停止。 |
2005/11 | ●合衆国に戻る。職と家を見つけるまで、サーフィンのコーチを始める。 |
2005 | ●『Pendoragon 5th』をホワイト・ウルフ社より発表。 |
2006 | ●Mongoose社と『ルーンクエスト』に関してライセンス契約を結ぶ。 ●『Great Pendragon Campaign』をホワイト・ウルフ社より発表。 |
2007 | ●『Great Pendragon Campaign』でダイアナ・ジョーンズ賞を受賞。 |
2007/7~8 | ●カリフォルニア州バークレイからアーケータに移住。 |
2014 | ●ジェフ・リチャードの共著者として『Guido to Glorantha』をMoon Design Publications 社より発表。 |
2015 | ●サンディ・ピーターセンとともにケイオシアム社に再就職。社長兼経営最高責任者となる。 |
2015 | ●『Guido to Glorantha』で共著者のジェフ・リチャード、サンディ・ピーターセンとともにダイアナ・ジョーンズ賞を受賞。 |
(2018 | ●『RuneQuest - Roleplaying in Glorantha』(ケイオシアム)発売。 ●『13 Age Glorantha』(ケイオシアム)発売。) |
2018/10/10 | ●カルフォルニア州アーケータの自宅に建てられた発汗小屋スウェット・ロッジにて逝去。 |
(2019 | ●『Glorantha: The Gods War』(ピーターセン・ゲームズ)発売。) |
(2019/10/14 | ●東京都中央区新富区民館にて、グレッグ・スタフォード追悼コン開催。) |
(2023/10/7 | ●品川区立総合区民会館にて、グレッグ・コン2023開催。) |